エルサレムとアメリカ大陸の奇妙な時差

昔のモルモンの宣教師たちはモルモン経(現モルモン書)の真ん中あたりを開いて、イエス・キリストがアメリカ大陸に復活の姿を顕したことを素晴らしげに語っていましたが、今はどうなのでしょうか。もちろん復活のイエス・キリストがアメリカ大陸を訪問したことは今でもモルモン書のハイライトであり、最重要エポックなのですが、このあたりの記事はまさにトンデモの宝庫なのです。

モルモン書(第3ニーファイ8章〜11章)の記述に従うと、エルサレムでイエス・キリストが十字架上で息を引き取ったまさにその瞬間、地球の裏側にあたるアメリカ大陸では突如として大規模な天変地異が発生します。これは神の人々への怒りによるもので、およそ3時間(モルモン書にはthree hoursとあります。時計もない古代なのですが・・・)続きます。

① 日付と暦の矛盾

モルモン書によると、アメリカ大陸で大災害(イエスの死の兆候)が始まったのは「第三十四年の第一月、その月の4日」(第3ニーファイ8章5節)と明記されています。英語版でも "in the first month, on the fourth day of the month" となっています。日本人なら最初の月を1月と呼ぶので違和感はありませんが、古代ユダヤの感覚では違和感というか、あり得ないことです。英語のように月それぞれに名称があり、それをもって呼ぶのが当たり前だからです。リーハイ一族がエルサレムを脱出したのはバビロン捕囚の前ですから、当時のユダヤ暦における第1の月は「アビブ(Abib)」という名称でした。春分の日以降の最初の満月がある月で太陽暦では3~4月にあたります。最重要の過越祭のある月です。大切な月ですから、モーセの律法を厳格に守っていたはずのニーファイ人ならここはきっちり「アビブの月」と記載するはずです。ちなみに捕囚後は「アビブの月」は「ニサンの月」と呼称はかわります。

決定的な「ケアレスミス」
さらに致命的なのは日付そのものです。新約聖書において、イエスが十字架上で亡くなったのはアビブ(ニサン)の月の「14日」(過越の祭の子羊が屠られる日)であると広く知られています。しかし、モルモン書ではなぜか「4日」になっています。イエスの息を引き取った瞬間に連動してアメリカで災害が起きた設定であるにもかかわらず、本家エルサレムの日にちから「10日」もズレてしまっています。これは初歩的なケアレスミスでしょう。物語のクライマックスでこれはいただけませんね。
ちなみに、ニサンの月の14日、安息日の前の日(金曜日)、ポンテオ・ピラトの統治下を元にAIが導きだしたイエスの亡くなった日は、西暦30年4月7日(金曜日)か西暦33年4月3日(金曜日)となります。仏教徒は4月の最初の金曜日をイエスの命日とすれば良いでしょう。

② 「日没から一日が始まる」基本の忘却と時差

ジョセフ・スミスが物語を創作する上で完全に盲点となっていたのが、「ユダヤ暦では日没(夕方)から新しい一日が始まる」という聖書の基本中の基本、そして地球が球体であるために生じる「時差(自転)」の存在でした。

聖書によればイエスの死亡時刻はエルサレムの「第九時」、すなわち午後3時頃です。ここから時差(約8〜9時間)を逆算すると、アメリカ大陸は「同日の午前6時〜7時頃(早朝)」になります。つまり、ニーファイ人にとっての大災害は「金曜日の朝食時」にスタートしたことになります。

聖書の記載は「イエスは三日目の朝によみがえった(『マタイによる福音書』第28章)」とあるのですが、モルモン書は「見よ、その日、彼が死に臨まれるときに、太陽は光を拒み、あなたがたに光を与えることを拒む。また月も星も同様である。彼が死なれる時から、彼が再び死者の中からよみがえられる時まで、三日間の間、この地の全面に全く光がない」(ヒラマン書 14章20節)とイエスの復活まで3日間となっています。問題はここからです。モルモン書が誇るもう一つの重要教義「霊界伝道(『教義と聖約』第138章に述べられる、イエスが死から復活までの間にあの世で伝道していたという教義)」の時の流れを加味し、時差を考慮し整理すると、物語の進行が大混乱であることがわかります。

エルサレム時間
(聖書基準)
エルサレムでのイエスの動向
(聖書とモルモン教義)
アメリカ時間
(時差-8時間換算)
アメリカ大陸での状況
(モルモン書)
金曜 午後3:00
(キリスト死去)
十字架上で息を引き取る。イエスの霊は肉体を離れ、「霊界(あの世)」へ直行。 金曜 午前7:00
(早朝)
【大災害勃発】激しい嵐・地震・都市の破壊が開始される。
金曜 午後6:00
土曜日(安息日の始まり)
エルサレムの墓に埋葬される。 金曜 午前10:00 3時間の物理的破壊が終了。ここからモルモン書独自の【3日間の暗闇】(72時間)がスタート。
土曜 (終日) 霊界で「霊界伝道」の指揮を執り、過去の義人たちを組織化する。 金曜AM10:00 ~
月曜AM10:00
【3日間の暗闇】の真っ早中。一切の火も点かない暗闇で、生存者は飢えと渇きと恐怖に喘ぐ。
日曜 午前5:00頃
(復活の瞬間)
【復活】肉体に戻り墓を出、マグダラのマリアや弟子たちの前に現れる。 土曜 夜9:00 キリストは復活したが、未だ「深い暗闇の中」に置き去り。
月曜 午前11:00頃 パレスチナ地方で復活した体で弟子たちの間で活動。 月曜 午前3:00頃 月曜午前10時になり。ようやく72時間の暗闇が明ける。その後、キリストが空から降臨する。

③ まとめ:平面地球が生んだ大失敗

この表が示す最大の失敗は、「世の光であるイエスが復活して霊界伝道を終えた(エルサレムの日曜早朝)まさにその瞬間、地球の裏側のアメリカ大陸はまだ土曜日の夜9時であり、さらに丸一日以上(あと37時間)も無意味な真っ暗闇の中に生き残った義人は放置され飢え続けている」という点です。

19世紀の制作者(ジョセフ)は、「エルサレムで死んだ瞬間にアメリカも同時に夜になり、エルサレムで復活した瞬間にアメリカも同時に朝が来る」という、世界が一枚の平らな板であるかのような天動説的・平面地球的な感覚でこのプロットを書いてしまった上に三日目と三日間も混同しています。その結果、神(イエス)は「アメリカ大陸を無慈悲にぶっ壊しつつ、霊界で超過密スケジュールで伝道を行い、復活したときには別大陸の民衆は無視される」という、どうしようもない破綻した物語になってしまったのです。

ジョセフ・スミスはモルモン書記載前からイエスの復活までの日数については記憶が曖昧(勉強不足)だったようです。モルモン書内の先行箇所にも既に矛盾があります。
【第二ニーファイ25章14節】には「……彼は死人の中からよみがえり、三日の間死に支配された後、癒やしをその翼に乗せて死人の中から現れよう。」
とあるものの
【モーサヤ書3章10節】には「そして彼は三日目に死人の中からよみがえる。そして見よ、彼は世を裁くために立たれる。」
とあります。あまり深くは考えていなかったのでしょうね。
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