アブラハムの書の真実
はじめに
私がモルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)を脱会するに至った最大の「引き金」、決定的なダメージとなったのが、聖典『高価な真珠』の「アブラハムの書」の欺瞞です。預言者ジョセフ・スミスが「神の力によって翻訳した」と主張したこの書物には、「挿絵」が掲載されています。その挿絵が古代エジプトの「死者の書」の図と酷似していたことを博物館で知ったときの驚愕と脱力は今でも忘れません。それから調べていくと、いとも簡単にジョセフ・スミスの嘘がばれました。その青春の思い出とともに検証してゆきましょう。
① ジョセフ・スミス入手の経緯と翻訳と出版
1835年、ジョセフ・スミスは、カートランドを訪れた巡回見世物師マイケル・チャンドラーから、古代エジプトのミイラ数体と数本のパピルス(文書の巻物)を教会資金(当時2,400ドルという大金)で購入しました。このチャンドラーなる人物は、偶然相続した古代エジプトのパピルスやミイラを使って見世物で稼いでいたのでした。博物展のような高尚なものではなく、あくまでも見世物です。巡回先で値段が折り合えば、それらを人に売ることもありました。商売道具もだんだんと売れ、そろそろ潮時かと言うときに、ジョセフとモルモン教徒に出会います。
ジョセフはこのパピルスを見て、「これらは古代の族長アブラハムが自身の手で書き残した記録である」と宣言し、信者たちから金をかき集めて購入したのでした。早速、神のインスピレーションによる「翻訳」を開始、あわせてよせば良いのに『エジプト語アルファベット(Egyptian Alphabet)』なる古代エジプト語・英語の辞書まで執筆しました。そして1842年、教会の機関紙にて『アブラハムの書』としてその内容が3枚の挿絵とともに発表され、後に公式聖典「高価な真珠」に組み込まれました。
購入され翻訳されたパピルスとミイラはジョセフの死後も遺族が保管していましたが、売り飛ばされるなどして、全てが散逸。一部はシカゴの博物館に収められましたが、1871年のシカゴ大火によって博物館ごと「完全に焼失した」と長年信じられていました。しかし、1966年、ニューヨーク・メトロポリタン美術館の奥で原本の一部が発見されました。それはモルモン教会にとっては致命的な一打となったのです。
1822年、ジャン=フランソワ・シャンポリオンは古代エジプト語(ヒエログリフ)の解読に成功しました。しかし、その偉業もすぐには世界に知れ渡ることはありませんでした。カートランドの自称預言者もそれを知りませんでした。ジョセフは預言者の力によって、パピルスを翻訳していきます。パピルスに描かれた絵は丁寧に写し取り、欠落した部分は勝手に描き入れたりして、アブラハムの書の挿絵としました。
② 内容批判:エジプト学との比較と「描き足し」の暴き
正しく翻訳され挿絵が解読されると、ジョセフの翻訳は木っ端微塵となりました。これはアブラハムの書いた書物などではなく、古代エジプトで流布していた葬送文書「死者の書」や関連文書でしかなかったことが明らかになりました。そうです、私が昔、博物館で見たのは豪華に彩色された「死者の書」の図だったのでした。
しかし、教会はしぶとく挿絵に関してはあれこれと言葉をにごし、デタラメを認めようとしませんでした。アブラハムの書の本文に関しては、「間違いなくジョセフ・スミスが翻訳したアブラハムの書である」と強弁しました。原本が失われており、将来も見つからないだろうと安心・油断していたのです。ところが、メトロポリタン博物館で発見されてしまい、教会は言い逃れが不可能になってしまったのです。「死者の書」とアブラハムの書の挿絵とを比較してゆきましょう。
【挿絵①の検証】
ジョセフ・スミスの主張:異教の神官エルケナが、祭壇に縛り付けられたアブラハムをナイフで刺し殺そうとしている場面であり、上空には主の御使い(鳥)が助けに現れている。
描き加えられたのは、アヌビス神、あるいはそれに扮した神官の頭部や腕、持ち物の部分です。ミイラ作りの作法を知らなかったジョセフは適当にスキンヘッドの異教徒っぽいか顔を描き、ナイフを持たせました。
【挿絵②に関する検証】
ジョセフ・スミスの主張:神が天に住まう中心の星「コロブ」や、天の様々な鍵、神の権能を表した宇宙の縮図である。
【挿絵③に関する検証】
ジョセフ・スミスの主張:アブラハムがファラオの宮廷で、王座に座りながら天文学の講義を行っている場面。後ろに立つのがファラオ、右側にいるのが奴隷、などと公式に解説されている。
・ジョセフの解説「王座に座るアブラハム」 ⇒ 実際は【冥界の主・オシリス神】(冠を被っている)
・ジョセフの解説「後ろのファラオ」 ⇒ 実際は【イシス女神】(頭に女性の象徴を載せている)
・ジョセフの解説「ファラオの案内人プリンス」 ⇒ 実際は【マアト女神(正義の女神)】
・ジョセフの解説「奴隷のオリムラ」 ⇒ 実際は【死者(黒皮の男性アヌビスに導かれる人物)】
文字にも彼らの名前がハッキリと書かれており、アブラハムやファラオ、天文学などという単語は全く存在しません。女性の神を男のファラオと呼ぶなど、取り返しの付かないミスも犯しています。
③ 現在の教会の苦しい言い訳
原本パピルスが発見され、世界中の高名なエジプト学者全員から「これはアブラハムなど全く関係ない、西暦前数世紀の一般的なエジプトの葬祭文書である」と断定され、言い逃れができなくなったモルモン教会は、現在、非常に見苦しい苦肉の言い訳を公式発表しています。
「ジョセフ・スミスはパピルスの文字を物理的に(エジプト語として)翻訳したのではないかもしれない。パピルスを手に取って眺めたことが『引き金(触媒)』となり、神から直接アブラハムの生涯についての啓示を心に受けたのである。したがって、パピルスの実際の内容がエジプト学的に何であれ、アブラハムの書が真実であるという霊的な事実に変わりはない。」
この「触媒説」は完全に論理が破綻しています。なぜなら、ジョセフ自身が当時「エジプト語の文法書」(別項にて検証)を自作して一文字一文字対応させようとしていた生々しい研究記録(『エジプト語のアルファベットと文法』)が残っている上に、上記の挿絵の中にわざわざ「1番の人物はアブラハム」「2番は神官」と番号を振って直接的に物理的解説を行っているからです。絵の解説までもが解読間違い・性別違いレベルで間違っている以上、これが神からのインスピレーションであるはずがありません。言い逃れができなくなったための、極めて不誠実な後付けのロジックです。
結論
預言者ジョセフが手ずから写し取った図内の文字が専門家によって否定された上に、原本パピルスが証拠として存在する以上、「アブラハムの書」がジョセフ・スミスの完全な妄想、あるいは詐欺によって作られた「デタラメな偽書」であることは、客観的・科学的に100%証明されているのです。ヒエログリフ(エジプトの象形文字)を解読する技術が当時アメリカに伝わっていなかったことが、ジョセフを油断させたのでしょう。詐欺の手口としてもあまりにも稚拙すぎました。
そしてここからが最も重要なポイントです。アブラハムの書を「神の翻訳」と偽ったジョセフ・スミスは、まぎれもなく「偽預言者」となります。そうであれば、彼が「同じように神の力によって翻訳した」とする『モルモン書』もまた、インチキであると考えるのが、当然の論理的帰結です。あとは芋づる式にモルモン教の全ての教義、神権、権威はまるごと否定されます。これが、私の若き日の体験、教会のマインドコントロール溶解の始まりだったのです。
追記:その後のパピルスとミイラ
ちなみにジョセフ・スミスの母ルーシーは、ジョセフの自宅兼ホテルであった「ナブー・ハウス」や「マンション・ハウス」の部屋で、観光客や訪問者に対して1人25セント(現在の価値で数百円〜千円程度)の入場料を取ってミイラとパピルスを見せる見世物業をしていました。「これがエジプトの王の遺体で、こちらがアブラハムの手による記録です」といった具合に、解説を交えてツアーを行っていたことが、当時の複数の訪問者の日記や記録に残っています。ジョセフの死後もこの貴重な資料は母ルーシーが保管し、彼女はナブーの自宅を訪れる観光客から入場料を取って生活の足しにしていました。
なぜ、この貴重品をヤング派(ブリガム・ヤング率いる主流派)は取得しようとしなかったのでしょうか。それにはジョセフ死後の教会全体のゴタゴタがありました。ジョセフの一家はブリガム派と激しく敵対しており、パピルス等はスミス家の私有財産だったので手を出せなかったのです。(教会員から集めた金で購入しておいて個人の所有物だったというのも酷い話ですね)
やがて、困窮したジョセフの遺族がこれらを切り売りせねばならなくなりました。生活費のために、アブラハムが書いたとされる「大切な聖典」を売り飛ばすということ――この事実だけでも、アブラハムの書がインチキだと分かりますね。