現代の私たちが「宇宙人」と聞くと、濃い灰色の肌に大きな黒い目をした、いわゆる「グレイ」のような姿を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。ご高齢の方は蛸のような姿を想像されるかもしれません。しかし、預言者ジョセフ・スミスが語った宇宙人の姿は、私たちの想像の斜め上を行くものでした。
初期の忠実な教員だったオリバー・B・ハンティントンの日記によると、ジョセフは次のように語っていたと記録されています。
「月には人が住んでおり、彼らは皆クエーカー教徒(キリスト友会)のような服を着ていて、身長は約180センチ。そして1000歳近くまで生きる」
月に住んでいるクエーカーおじさん
そう、あの朝食のシリアルでお馴染み「クエーカーオーツ」のパッケージに描かれている、独特な丸帽子をかぶった誠実そうなおじさんの姿こそが、預言者の見た「月の人」のファッションだったのです。
さらに後継者のブリガム・ヤングにいたっては、説教壇から堂々と「太陽にも人が住んでいる。あれだけ光り輝く場所を、神がただの無駄にするはずがない」と熱弁を振るっていました。(人が住んでいなくても太陽は凄く役立っていますが・・・)
ブリガムの演説は置いておいて、なぜよりによってクエーカー教徒の格好をジョセフは言ったのでしょうか。実は、彼の育った地域にはクエーカー教徒が多く暮らしていました。当時のアメリカ社会において彼らは「質素で、誠実で、最も清廉潔白な理想的な人々」の代名詞だったのです。ジョセフは夜空に輝く月を見て「罪のない清らかな月の世界とその住民」を想像し、当時最も神聖なイメージだったクエーカーの姿に結びついたのでしょう。
ちなみにクエーカー教徒といえば、お札になった新渡戸稲造や平成上皇の家庭教師だったヴァイニング夫人を思い出す方が多いでしょう。上皇にテニスを通じて「平等の精神」を教えたのもヴァイニング夫人でした、そのテニスがきっかけで美智子上皇后との縁が生まれたのもなんとも言えない感慨ですね。
ただ、オートミールの会社(クエーカーオーツ・カンパニー:The Quaker Oats Company) とクエーカー教とは関係がありません。会社もジョセフ・スミスが感じたように「クエーカー教徒のような誠実さ」をイメージして、クエーカーを名称として採用したのです。本当に清廉なイメージが定着していたのですね。
さて現代、日本の街角を必死に自転車で駆け抜けるモルモンの青年宣教師たち。私が若い頃は毎朝このオートミールを腹に流し込んでは個別訪問に励んでいました。これも歴史の縁(えにし)といっても良いのでしょうねえ。
話を戻しましょう。望遠鏡の性能がまだ低く、宇宙へのロマンとオカルトが入り混じっていた19世紀当時、大衆が「月や太陽には人類が住んでいる」と空想するのは、仕方のないことだったかもしれません。天文学者たちですら大真面目にそんな説を唱えていた時代です。
しかし、それはあくまで「当時の一般人」のレベルの話です。
天の窓を開き、神から直接過去や未来の幻を見せられていたはずの「神の預言者」であったなら、周囲のウワサやオカルトのトレンドに流されることなく、宇宙のありのままの真実を知っていてほしかった、と思ってしまうのは私だけでしょうか。