リーハイ一族8年の彷徨

モルモン書(第一ニーファイ)の序盤のハイライトと言えば、エルサレムを脱出したリーハイ一族が、神の指示に従い過酷な砂漠をサバイバルしながらアラビア半島を縦断する大冒険です。教会公式のテキストやビジュアル資料では、彼らが数々の困難を信仰によって乗り越えていく、たくましくも美しいストーリーとして美化されています。しかし、当時の客観的な歴史事実や地理データ、さらにはユダヤの律法に照らし合わせると、道中のエピソードは不自然かつ「トンデモ」の連続であることが浮かび上がります。

① 「香料の道」をまったく知らない不自然さ

オンラインのモルモン書でリーハイ一行の推定進路のマップを見ると、一行は紅海に沿ってアラビア半島を南下しています。歴史を知る人なら一目でピンと来ますが、このルートは紀元前1000年頃(ソロモン王の時代)からすでに確立されていた古代の超メジャーな国際商業街道「香料の道(インセンス・ルート)」と完全に重なっています。

エルサレムで莫大な金銀を所有するほどの富豪(知識層・商人)として描かれているリーハイが、自国の経済を支える中継貿易の主要ルートであるこの街道やオアシスの存在を「まったく知らない」というのは、歴史的に見てまずあり得ません。進むべき物理的な街道(一本道)が最初から存在し、多くの商人が往来している以上、わざわざ進路を指示する神の魔法アイテム「リアホナ」など最初から必要ないのです。

リーハイの進路と香料の道
【地図解説】リーハイ一行の推定進路
モルモン教会が推定する、リーハイ一行の進路。古代のメジャーな交易路「香料の道」と完全に重なっていることが分かります。

② 生態学とモーセの律法を無視した「生肉食」の怪

モルモン書(第一ニーファイ17章)では、砂漠の略奪者に煙で見つからないよう神から「火を使うな」と命じられ、一行が「生の肉を食べて生きながらえた」というエピソードが登場します。さらに「主が生肉を甘くして、調理不要にしてくださった」というオカルト的な奇跡まで描写されます。

しかし、厳格なユダヤ人であるはずの彼らにとって、これは致命的な宗教的タブーです。モーセの律法(レビ記17章)において、「血抜きのされていない生肉を食べる行為」は一発でコミュニティから断絶、あるいは死罪に値する大罪です。神が人の命(レーバン)を奪ってまで「律法が書かれた真鍮の版」を彼らに持たせた直後に、その律法を真っ向から破る「生肉推奨の奇跡」を行うというのは、神学的に完全な自己崩壊を起こしています。

荒野の食事
【イメージ図】荒野での食事風景
もし、リーハイ一行が本当に生肉を食べていたとしたら、こんな感じだったのでしょうか……。

さらに地理的なツッコミ所として、彼らの目の前にはずっと「紅海(海)」がありました。わざわざ乾燥した山脈を弓矢で駆け回り、律法で禁止されている野生のウサギやロバ(ひづめが割れておらず反芻しない汚れた動物)などの狩猟に苦労するよりも、海岸線でひれと鱗のある「清い魚」を獲って食べる方が、老人や女性でも安全かつ確実にタンパク質を得られたはずです。「海沿いを旅しているのに魚を獲る発想が一切ない」という不自然さは、原作者のジョセフ・スミスがアメリカ内陸部(ニューヨーク州やオハイオ州の森林地帯)で育ったため、「サバイバル=森でのハンティング」というバイアスから抜け出せなかった証拠と言えます。彼らが魚を捕って生で食べたのなら、荒野で刺身を食ったことになってなかなか愉快ですが……。

③ 荒野のサバイバル:時空と医学を超越する一行

この他にも、物語をよく読むと常識を疑うような不自然なプロットがこれでもかと詰め込まれています。

トンデモエピソード モルモン書の描写 現実的な・歴史的な矛盾点
存在しない「鋼の弓」 ニーファイが「鋼の弓」を折ってしまい一族が飢えるが、木で弓を自作して解決する。 紀元前600年に「鋼(スチール)の弓」は存在しません。仮に金属製の弓があったとしても、しなりが硬すぎて人間には引けません。ニーファイはあっさりと木製の弓を作り直して成果を上げていますが、最初から木製で代用できるなら、重い金属弓を宝物のように持ち歩いていた彼らの行動が滑稽に見えてしまいます。
お見合いのための里帰り 命からがら脱出したはずのエルサレムへ、「息子たちの結婚相手(嫁)を確保するため」という私的な理由でわざわざ引き返す。 バビロンの脅威や、街の高官レーバンを殺害した「お尋ね者」であるリスクを完全に無視したお気楽なご都合主義です。相手のイシュマエル一族も、いともあっさりと全財産を捨てて自殺的な砂漠放浪に合流します。
驚異の牛歩移動(8年の謎) エルサレムからアラビア半島南端(オマーン付近)とされるバウンティフル(Bountiful)に到着するまで「8年間」も砂漠を彷徨ったとされる。 通常のキャラバンであれば、この距離は長く見積もっても数ヶ月〜半年で移動できます。8年かけるということは「1日あたり数百メートル」しか進んでいない計算になり、魔法のナビ(リアホナ)に先導されている旅としてはあまりにも無能で不自然です。ましてや、エルサレムから紅海の岸近くまでをわずか3日で踏破した一行が、なんというペースダウンでしょうか。
砂漠でタフネス化する女性たち 過酷な砂漠で、生肉だけを食べて妊娠・出産を繰り返しながら、誰一人死なずに「男のように強く」なった。 近代医学や当時の生存率からして、劣悪な栄養状態で医療もない砂漠の放浪中、乳幼児も含めて死亡者がゼロというのは不可能です。ジョセフがアメリカ開拓時代のタフな女性像をファンタジーとして投影してしまった一幕です。

まとめ:歴史を「透明」にした創作劇

考古学・人類学の事実として、リーハイたちが到達したとされるアラビア半島南部(オマーン・ドファール地方)は、ホモ・サピエンスが数万年前の「出アフリカ」の時代から定住の始まった人類最古の居住区の一つです。さらに紀元前600年当時は、強力な「サバ(シバ)王国」などの都市文明が厳重に関所を構え、独自の法律で交易ルートを支配していました。武装もしていない一族が、関所をすべてスルーして勝手にオアシスを占拠するなどということはあり得ません。それどころか、モルモン書の記述ではこうした施設はおろか人間さえも登場しません。ジョセフ・スミスはあまりに無知が過ぎました。

前人未到の荒野を大冒険する――というモルモン書のプロットは、世界史のリアルを何一つ知らなかったジョセフ・スミスによる、19世紀風の「西部開拓サバイバル小説」のノリで書かれたできの悪いフィクションであることの動かぬ証拠なのです。

もし、少しでもこの時代の歴史を学んだ人が書いたなら、リーハイは数隻の船を調達(あるいは得意の強奪)して紅海沿岸沿いに魚を食べながら南下させたでしょう。実際、香料の道は陸路だけでなく海のルートも存在していました。弓のトラブルも生肉を食うという破戒もなく、老人・子供・女性にもずいぶん楽な旅になったはずです。

次回予告:トンデモ造船と航海

命がけ(?)の牛歩移動でようやくアラビア半島の南端「バウンティフル」に辿り着いた一行。しかし、彼らに下された次の試練はさらなるカオスでした。船舶の専門知識ゼロの素人集団が、道具も資材もない砂漠の海岸で、一から100トン級の巨船を建造!? 次回、船の設計から太平洋横断にいたるまでの、物理法則を無視した海洋ファンタジーの矛盾を徹底検証します。

トップページの一覧に戻る