愛なき神の独裁劇:前世神話と「救いの計画」
すべての人間が地球に生まれる前、私たちは「前世」において霊の子供として天の父(神)と共に暮らしていた――。これがモルモン教の前世神話です。しかし、あるとき神の主催する「天上の大会議」から、物語は突如として血も涙もない独裁劇へと暗転します。
この会議で神は、子供たちを地球へ送り、試練を与えて自分と同じ「神」に育てるという、いわば神の「お仕事(計画)」を提示しました。そして霊の子たちのなかから「誰を救い主(キリスト)として遣わそうか」と問いかけたのです。
名乗りを上げたのは二人。のちのイエス・キリストとなるエホバと、のちのサタン(ルシファー)でした。まず、ルシファーが提案します。
「見よ、ここに私がおります。私を遣わしてください。私はあなたの息子となり、全人類を贖います。一人も失われません。私は必ずこれを行います。ですから、あなたの栄誉を私に与えてください。」
(高価な真珠『モーセの書』4章1節)
ルシファーの提案は一見、非常に合理的で慈悲深く思えます。「全人類を強制的に従わせることで、誰一人地獄に落とさず、100%全員を天国へ連れて帰る」という安全神話だったからです。しかし、彼には致命的な一言がありました。「あなたの栄誉を私にくれ」と。これは支配する神に向かって、「お父さん、あんたはもうご隠居しなはれ。これからはわたしが神をやりますから」といったわけです。いわば、同族会社で次男の平取締役が、創業者である親父の代表取締役社長に「引退して相談役に退け」と迫るようなものです。神はこれをクーデターの宣告ととりました。
対するエホバは「選択の自由(自由意志)を与えましょう。栄誉はすべてお父様、あなたに帰しますように」と、神のプライドを最大限に持ち上げました。ただし、この計画だと脱落して天国に行けない霊の子が相当数発生することになります。
全知全能の「天の父」が選んだのは、100%救済ルートではなく、多数の脱落者が発生するサバイバルコースでした。自分の地位と栄誉を保証してくれるエホバを選んだのです。ここに、モルモンの神の愛の本質が「子(霊の子)の救済」ではなく、「自身の権力の保全と服従」にあることが透けて見えます。
天上の大会議
第二章:天の戦いと、力による排除
神がエホバを選んだことで、天界は真っ二つに割れました。ルシファーは激怒し、神の独裁に疑問を抱いた霊たちの「3分の1」を味方につけて反乱を起こします。これが「天上の戦い」です。
「さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちとが、龍と戦った。龍とその使いたちとも応戦したが、勝てなかった。そして、天には彼らの生きる場所がもはやなくなった。大きな龍、すなわち、悪魔とかサタンとか呼ばれ、全人類を惑わす古き蛇は、地に投げ落とされ、その使いたちも彼とともに投げ落とされた。」
(ヨハネの黙示録 12章7〜9節)
ジョセフ・スミスが「回復」したとされる独自の経典は、この黙示録の戦いをさらに詳しく「解説」しています。
「それゆえ、サタンがわたしに背き、人間がわたし自身の与えた選択の自由を滅ぼそうとしたので、また、サタンにわたしの権能を与えよと言ったので、わたしはわたしの独り子の力によって、彼を投げ落とさせた。
そして、彼はサタン、すなわち悪魔、すべての嘘の父親となり、人間を欺き、盲目にして、わたしの声に聞き従おうとしない者を、心のままに捕らわれの身へと導く者となった。」
(高価な真珠『モーセの書』4章3〜4節)
世の終わりと新しい世界の誕生を預言したはずの「ヨハネの黙示録」が、この世が始まる前の過去話になっている点には驚かされます。そして、物理的身体を持たない霊の戦いとは、そもそも何だったのでしょうか。
教会の神学者(ブルース・R・マコンキーら)は、これが物理的な殺し合いではなく、徹底的な「言葉と論理によるマインドの戦争(大論争)」であったと解説します。それならば、とことん話し合って決すれば良いはずです。天界にはたっぷり時間があったはずですから。ところが、決定権を持つ天の父(神)は議論を打ち切りました。つまり、自らの思想を持つことや、それに基づいて意見を述べるという「自由意志」を封殺し、全能の力を濫用し、反対分子を天界から力づくで強制追放、出来たての地球にたたき落としたのです。
どことは言いませんが、議会での討論をおざなりに済ませ、強行採決を連発する国を思い出しますが、それより酷いです。
第三章:地球は悪霊のプール、神の無慈悲
もともと「救いの計画のテンプレート」には、肉体を得た神の子たちを誘惑する悪役必要だったため、この会議も最初から筋書き通りだったと言えます。数々のパラドックスを感じるかと思いますが、話を先に進めましょう。
地上に叩き落とされたルシファーとその軍団は、手ぐすねを引いてエホバ派(残りの3分の2の霊)が地球に誕生してくるのを待つことになります。ここで恐ろしいのはその数です。ルシファーの軍勢は、天の霊の子の「3分の1」です。これは、天地創造から世の終わりまでに地球へ生まれてくる全人類の総数の「半分」になります。一体どれだけか想像もできません。それほど膨大な数の悪霊がうごめく地球に、私たちは身一つで生まれてくるのです。世界中の人間一人ひとりに2体の悪霊をべったりマークさせても、まだ悪霊は余ります。私たちは「悪霊のプール」を24時間泳がされているようなものです。
さらに数だけでなく、条件も不公平です。霊の子らは地球に生まれる際、前世の記憶を消去(忘却の幕)されますが、天界から直行した悪霊たちは記憶を保っています。つまり、新しく生まれてくる人間たちのウィークポイントをすべて知り尽くしているのです。これほど恐ろしいハンディキャップマッチがあるでしょうか。
そうです。こんなものは神話としてもなってないのです。
この世は悪霊で一杯だ
結び:神を冒涜する「救いの計画」
モルモン教では、この「救いの計画」は将来神になった人間が誰もが実施する「共通のルール」とされています。つまり、霊の子の創造も、天上の会議も、決裂した戦いも、3分の1の我が子の脱落も、すべては最初から仕組まれた計画なのです。全知全能なる神は、最初から誰が堕落し、誰が救われるかを完全に知っていながら、この悲劇をやらせています。いや、むしろ「最初から不完全な子をわざと作っている」という結論になるのです。
あらかじめ地獄に落ちる我が子を承知の上で創造する神。そこが「愛の神」でしょうか。下手くそな「創造神話」だけではなく、ジョセフ・スミスは本当の神様を冒涜しているのです。