モルモン春秋 第二回:最後の大祝福師

カルト宗教からカルト企業体へ 血統との決別

1)大祝福師の思い出

私が現役のモルモン教徒であったとき、教団の最高幹部には「大祝福師(Presiding Patriarch)」なる職がありました。その職は代々ジョセフ・スミスの兄ハイラム・スミスの家系が世襲していて、教団の運営には携わらないものの、その権能は預言者である大管長と等しいとされていました。その職にあった人物がエルドレッド・G・スミス(Eldred G. Smith)でした。

モルモン背教後、エルドレッド・G・スミスが亡くなり、大祝福師の職が廃されたと聞き、既に信仰などなかった私は「後継男子がいなかったのだろうな」と簡単に思っていました。しかし、ことはそう単純ではなく、大祝福師職の廃止にはなかなかの権力争いと、実務派幹部の薄汚い思惑があったと知ったのはその後でした。

2)大祝福師とは

現代モルモン教では珍しい血統による継承だった大祝福師。初代は教団創始者のジョセフ・スミスがその父、ジョセフ・スミス(シニア)を任命しました。初代は息子ジョセフが怪しげな詐欺を働く前から、日本で言う「拝み屋さん」のようなことをしていて、「大祝福師」といってもそんな仕事の延長だったようです。彼の死後は兄のハイラム・スミスが継ぎ、「大祝福師」は預言者と並ぶ重要ポストになります。そして、彼はカーセージの牢獄で弟とともに殺害されました。

3)ヤング派に継承された大祝福師

ジョセフ・スミスの妻エマと決裂したブリガム・ヤングは、血統としての正当性も必要とし、ハイラムの家族を引き入れます。ここでハイラムの妻と子を見ておきましょう。

50歳のエルドレッド・G・スミス

50歳のエルドレッド・G・スミス

ハイラムにはジェルシャ・バーデン(Jerusha Barden)という最初の妻がおり、その子がジョン・スミス(John Smith)で、のちの大祝福師となります。ジェルシャは早くに亡くなってしまい、ハイラムは再婚しました。その相手がメアリー・フィールディング(Mary Fielding)で、こちらの家系からはのちに大管長をはじめとする多くの重鎮幹部が輩出されます。

この、預言者と同等の権能を血統によって自動的に選ばれる「大祝福師」という地位は、組織にとっては「分裂リスク」でもあります。終始、十二使徒らの実務派にとっては獅子身中の虫とも言うべき存在で、事実、過去にはその対応に苦慮したこともありました。

4)最後の大祝福師

エルドレッド・G・スミスが大祝福師に選任されたのは1947年、40歳のときでした。彼は根っからの技術者で、第二次世界大戦中は(日本人にはありがたくないことですが)マンハッタン計画に加わっていたと言われています。趣味は時計修理という、モルモン幹部には珍しいギラつきのない人物だったようです。

召された彼はまさに「先祖から受け継いだ伝統的な職務を全全うしよう」という思い一筋でした。それが実務派(十二使徒会等)との摩擦になるとは思いも寄りませんでした。当時のモルモン教は、単なるカリスマ宗教からカルト的な「宗教企業体」へと変貌する必要に迫られていたのです。教義自体もデタラメであることが明らかにされ、既に血縁による権威付けは過去のものでした。教団を維持するには、強力な指導力を持つ一枚岩の組織と、巨大な財産が必要な時代へと変わっていったのです。

あらゆる意味で現実的な改革者だったスペンサー・W・キンボール(アフリカ系の男性教会員に神権を与える改革で有名)は、1979年の総大会で、エルドレッドの役職名から「総(Presiding)」の文字を削り、最も大きな権力だった世界各地の祝福師の任命権を剥奪しました。(日本人は大祝福師と呼びますが訳としてはカトリックで使われる「大主教」という方が適切かもしれません)「個人への祝福を与えるだけ」の形骸化したポストである「名誉大祝福師(Patriarch Emeritus)」へ縮小してしまったのです。事実上の大祝福師の廃止でした。

しかし、彼は「預言者、見者、啓示者」としての権能は保有したままとされました。預言者がもう一人の預言者を完全に廃するというのは、さすがにためらわれたのでしょう。かわりに、次の総大会からは彼を「預言者」として信者の挙手による支持を求める行事自体が行われなくなりました。実に巧妙な更迭ですね。これまで続いてきた伝統をなくすなどということは、信仰の建前からも全くもって奇異なことです。そして、彼が106歳で天寿を全うした後は、誰もこの職に召されることはありませんでした。

結び

私が単純に「後継の息子がいなかったんだろうなあ」と漠然と思ったのはこのころでした。しかし、ネットで調べてみると、彼にはエルドレッド・ゲイ・スミス(Eldred Gary Smith)という長男がいることが分かりました。周囲からは、この人はお父さんの後を継いで「大祝福師」になるだろうと目されていたのですが、現在の彼は中央幹部になることもなく、一人の平信徒としてアリゾナで生活しています。一般社会での事業も上手くいっているようです。

現在のモルモン教会は、数兆円〜数十兆円規模とも噂される巨大な非課税投資ファンド(エンザイン・ピークなど)や、膨大な不動産、メディア、大学を運営する超巨大ビジネス・コンツェルンです。この「神の王国(コーポレーション)」の取締役会(十二使徒定員会)に今座っているのは、もはやスミス家の血を引くカリスマたちではなく、誠にアメリカ的な成功者たちなのです。もはや、誰々の血統などということには、一銭の価値もないのです。

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