モルモン春秋① マーク・ホフマン事件 ―― モルモン教現代最悪の醜聞

1980年代前半、末日聖徒イエス・キリスト教会(通称・モルモン教)の歴史を根底から揺るがし、最終的に2人の尊い命が手製爆弾で奪われるという未曾有の惨劇が起きました。それが「マーク・ホフマン事件」です。

本稿では、教会史 of 闇に深く刻まれたこの知的な犯罪と、それに翻弄されたモルモン指導者たちの姿、かつ対照的な一人の批評家の足跡を、事実に基づいて淡々と振り返ります。

14歳の離教と仮面モルモンの始まり

マーク・ホフマン
仮面モルモンだったマーク・ホフマン

マーク・ホフマンの犯罪の根は、彼の少年期にまで遡ります。熱心なモルモンの家庭に育ったホフマンですが、14歳の多感な時期に、自身の母親の家系が過去に一時期、教会が公式に禁止したはずの一夫多妻制を秘密裏に続けていたという「家族の秘密(血脈の歪み)」を知ってしまいます。教会の欺瞞に直面し、神への信仰を完全に失った彼は、冷徹な無神論者となりました。

しかし、彼は周囲にそれを隠し続けました。親を失望させたくないという思いやコミュニティの同調圧力から、19歳になるとイギリスへの2年間のフルタイムの伝道(宣教活動)に出ました。表向きは熱心に活動し、複数の改宗者にバプテスマ(洗礼)を授けたと親に報告する一方で、裏では伝道先で古書店を巡り、初期のモルモン教の歴史や創始者ジョセフ・スミスを批判的に描いた書籍を貪り読んでいました。

帰国後もユタ大学に進学し、教会内で結婚して「従順なモルモン教徒の良き父」という完璧な仮面を被り続けたホフマン。彼には古書物の鑑定と入手に関する非凡な才能がありました。そして、この才能と「仮面モルモン」という歪んだ素顔が、彼を恐るべき犯罪の道へと導いてゆくのでした。

巧妙なる「空白」の罠

ホフマンが偽造したエジプト文字
ホフマンが偽造したエジプト文字。
アンソン教授にハリスが見せたものを再現。

大学在学中から古書の売買に傾倒し、その才能を開花させたホフマン。彼は手先の器用さもあって、いつしか古文書の偽造にも手を染めるようになります。過去の有名政治家や作家のサインを作り上げることはお手の物でした。1980年に「古文書ディーラー」としての地位を確立した彼は、自身のターゲットとしてモルモン教に目をつけます。隠れ背教者としてモルモン史に精通していた彼は、教会指導部がどのような資料を欲しがり、何を恐れるのかを完全に見お通ししていたのです。

その最初の爆弾が、ジョセフ・スミスが金版を翻訳した際、マーティン・ハリスがチャールズ・アンソン教授のもとに持ち込んだとされる「アンソン手稿」の“奇跡的な発見”でした。ホフマンはこれを教会に売り込み、まんまと買い取らせることに成功します。

ホフマンは既存の「Caractors(文字)」の手稿を徹底的に研究。アンソン教授が後年に残した「文字が垂直の列に並び、最後は円状の図形になっていた」という目撃証言の記述通りにレイアウトを似せ、「ジョセフ・スミスが当時の独自のセンスでお粗末にでっち上げたであろう、垢抜けない偽文字のクオリティ」そのものを完璧に再現していたのです。

指導者たちの狼狽と金銭の授与

教会の最高指導部(大長老会や十二使徒定員会)には、神から与えられた「識別の賜」や「聖見者の力」があるはずでしたが、ホフマンの高度な偽造技術の前には完全に機能不全に陥りました。14歳の時から教会を憎んできたホフマンにとって、指導者たちを自らの嘘でコントロールすることは、この上ない快感であったと推測されます。

これを皮切りに、ホフマンの偽造ビジネスは加速します。歴史の空白を埋める様々な文書を「発見」しては、教団に買い取らせていきました。なかでも「ジョセフ・スミス三世への祝福文」は、預言者ジョセフ・スミスが後継者を息子のジョセフ・スミス三世に指名するという内容であったため、指導部は激しく動揺しました。これにより、ブリガム・ヤングの流れを汲み自らを正統と主張してきたユタのモルモン教団は、その根拠を揺るがされることになります。教会幹部たちはこの不都合な資料を即座に買い取り、教団の奥底に秘匿しようと動きました。歴史の検証よりも組織の保身が最優先された瞬間でした。

サラマンダー書簡の衝撃

サラマンダー書簡
ホフマンが作成したサラマンダー書簡

ついにホフマンは、ジョセフ・スミスの物語における最大の急所を突きます。それが1984年の「サラマンダー書簡(The Salamander Letter)」の偽造です。これは、モルモン書の「三人の目撃者」の一人であるマーティン・ハリスが、初期の重要会員ウィリアム・W・フェルプスに宛てて書いた手紙という形式を取っていました。その内容は、「ジョセフ・スミスに金版を授けたのは天使モロナイではなく、白いサラマンダー(炎や土の精霊)の姿をした魔術的な存在であり、私はジョセフからその事実を聞いていた」という驚愕のオカルト的記述でした。

驚愕した教会幹部たちは、これが世間に漏れることを恐れ、ダメージコントロールに奔走します。教会が隠蔽のために公金を流用したという批判を避けるため、教会本部は当時高名な会員であり実業家であったスティーブン・クリステンセン氏を「専属の身代わりブローカー(エージェント)」として裏で起用。クリステンセン氏の個人資金で書簡を買い取らせたのち、教会本部へ「寄付」という形で引き渡させるなど、極めて政治的な隠蔽工作を行いました。

偽造文書を調べる教会幹部たち
マーク・ホフマンとモルモン教幹部ら。左からマーク・ホフマン、N・エルドン・タナー、マリオン・G・ロムニー、ボイド・K・パッカー、ゴードン・B・ヒンクレー。

ジェラルド・タナー氏の警鐘

モルモン教団幹部がホフマンの術中にはまり、手玉に取られる中で、早くから彼に強い不信の目を向けていた人物がいました。モルモン教の著名な批評家であり、「ユタ・ライトハウス・ミニストリー(UTLM)」を主宰していたジェラルド・タナー氏です。

ユタ・ライトハウス(UTLM)にもこの種の偽造品の情報は持ち込まれていました。彼らにとっては教会を批判する格好の材料になるはずでしたが、タナー氏夫妻は一切取り合いませんでした。後年、妻のサンドラ氏は「お金もなかったし」とユーモアを交えて述べておられますが、実際の理由はそれだけではありませんでした。ホフマンの資料を冷徹に分析したタナー氏は、記述の整合性のなさや他資料からの盗用・類似性をいち早く見抜き、「これは偽造品である」と断定、各方面へ警告を発したのです。反モルモンという自身の立場や利害を完全に脇に置き、客観的な真実のみを追求したタナー氏の誠実な姿勢は、敵味方を超えて評価されるべき足跡です。しかし、教会はこの警告を無視し、最悪の惨劇へと突き進むことになります。

タナー氏のもとにもホフマンから多くの「発見資料」の情報が持ち込まれていました。教会の欺瞞を追及するタナー氏にとって、サラマンダー書簡のような資料は教会を攻撃する格好の武器になるはずでしたが、彼は違いました。ホフマンの資料を冷徹に分析したタナー氏は、記述の整合性のなさや他資料からの盗用・類似性をいち早く見抜き、「これは偽造品である」と断定、各方面へ警告を発したのです。反モルモンという自身の立場や利害を完全に脇に置き、客観的な真実のみを追求したタナー氏の誠実な姿勢は、敵味方を超えて評価されるべき足跡です。しかし、教会はこの警告を無視し、最悪の惨劇へと突き進むことになります。

ホフマンの破滅

ホフマンの偽造品は精緻を極めたため、当時の古い紙やインクの分析・調達などの材料費や研究経費も相当にかかっていました。それ以上に、手にした巨額の富を高級コレクションの爆買いや贅沢な暮らし、セレブ生活の維持に費やしたため、彼の資金はまたたく間に浪費されていきました。資金が枯渇すると、さらに大きな嘘で大金を得るしかありません。彼が最後に仕掛けた大博打が「マクレリン・コレクション」の架空詐欺でした。

ウィリアム・マクレリンは、初期の十二使徒でありながらジョセフ・スミスと対立して破門された人物です。彼が教会の内幕や不都合な事実を記した大量の記録(コレクション)を残したという歴史的噂に目をつけたホフマンは、「遺族からコレクションを買い取る権利を得た」という大嘘をでっち上げ、教団本体や複数の富裕なコレクターから同時に多額の前受金や出資金を騙し取りました。典型的なポンジ・スキーム(自転車操業)に陥ったのです。

しかし、過去の数枚の手紙とは異なり、マクレリン・コレクションは膨大な分量の日記や書類で構成されているはずのものでした。現物は存在せず、すぐさま偽造を完成させることも不可能な状態のまま、約束の引き渡し期日が迫ります。返金も不可能なほど追い詰められたホフマンは、最悪の手段を選択しました。

当時、ホフマンへの現物引き渡しの催促と告訴のプレッシャーを最も激しく強めていたのが、教会の専属ブローカーとなっていたスティーブン・クリステンセン氏でした。ホフマンは彼を消すことで取引を強制的にストップさせ、時間を稼ごうと考えます。1985年10月15日午前8時過ぎ、ホフマンが自作したパイプ爆弾によって、クリステンセン氏はオフィスのビルで爆殺されました。

さらに周到かつ冷酷なホフマンは、捜査の手が自分に及ばぬようカモフラージュを施します。同日の午前11時45分頃、クリステンセン氏のビジネスパートナーであったゲイリー・シート氏の自宅玄関先にも爆弾を仕掛けました。シート氏は古文書取引とは全く無縁の人物でしたが、投資会社の経営トラブルによる怨恨テロに見せかけるための身代わりに選ばれたのです。しかし、その荷物を開けたのは、何の罪もないゲイリー氏の妻、キャサリン・シート氏でした。彼女もまた、爆風の犠牲となり命を奪われました。

凄惨な二重殺人を犯したホフマンは、なおも捜査の攪乱を狙って3つ目の爆弾をどこかへ運ぼうとしていました。ところがその翌日の10月16日、移動中の車内(トヨタ・MR2)で爆弾が誤って暴発。ホフマン自身が重傷を負い、この自爆事故が決定打となって、天才詐欺師のすべての罪と偽造工作が白日の下に晒されることとなったのです。

爆発後のホフマンの車
暴発事故によって大破したホフマンの愛車

結論:モルモンへの憎悪が生んだ悲劇

司法取引によって本格的な裁判がスキップされたため、ホフマンの3番目のターゲットが誰であったのか、その真相は公式には完全解明されていません。彼自身は尋問に対し「自殺するつもりだった」と供述していますが、捜査側はさらなる攪乱テロとして教団幹部(ヒンクリー氏ら)を狙っていたのではないかと睨んでいます。彼はその後、終身刑を受け、精神の不調もあって服役を続けており、真相が明らかになることはもはやないでしょう。

14歳の時に味わった教会の欺瞞への復讐心。それは確かに、現代の指導者たちを面白いように手玉に取る怪物的な知性を生み出しました。歴史の皮肉な因果として、彼は自身が激しく憎悪した創始者ジョセフ・スミスと全く同じように、嘘による金銭の破綻、自転車操業、そして暴力による自滅という悲惨な轍を踏んで破滅しました。

もしモルモン教団が、批判者であったタナー氏の客観的で冷静な忠告に耳を傾けていれば、2人の尊い命が失われる最悪の事態は防げたかもしれません。組織の隠蔽体質と盲信が、詐欺師の嘘をモンスターへと育て上げてしまったと言えます。

マーク・ホフマン事件の残した爪痕はあまりにもどす黒く、振り返るのも悍ましい歴史の闇です。しかし、信仰組織の脆さと、人間の憎悪がもたらす狂気を知る上で、モルモン教を信じる人も信じない人も、この現代最悪の醜聞を決して忘れてはならないのです。

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