コラム

コラム:アルマという名前

モルモン書を読んで違和感を持つ内容のひとつに登場人物名があります。新旧約聖書に登場する人名と独特の人名が頻繁に登場します。この独特の人名は結論から言って全てはジョセフ・スミスが作ったものなのです。その奇異な人名のひとつ「アルマ(Alma)」なる男性人名をここでは取り上げます。実はこの「アルマ」は昔からモルモン批判の急所になっています。それはモルモン書を出版した19世紀当時、そして現代においても、英語圏やラテン語圏で「アルマ(Alma)」は女性を示す名詞であるからです。まず、ふたつの由来を説明しましょう。

批判者たちは「ヘブライ系の預言者(男性)の名前に、女性を意味する『アルマ』と名付けるのは言語学的にあり得ない。ジョセフ・スミスが当時アメリカで流行り始めていた女性名(あるいはアルマ・マーターなどの言葉)を、よく知らずに男性の登場人物に使ってしまった致命的なミス(時代錯誤)だ」と長く追及してきました。日本語に引き寄せて考えると「乙女(おとめ)」という言葉を男子に付けるようなものです。

20世紀後半以降、モルモン教の御用学者たちは、この批判に対して以下の反論を展開しました。

ではどうかというと、確かに擁護派の③のとおり固有名詞(人名)の『アルマ(Alma)』はバル・コクバの時代には誕生したようです。しかし、これは③の通りの由来によるものであり、女性の普通名詞『アルマ(almah)』とは全くの別物です。そして、バル・コクバの時代は西暦130年。モルモン書のアルマのずっと後であり、アメリカ大陸とパレスチナは全く断絶しています。つながりを主張するのは無理です。

②に至っては、紀元前3千年の遺跡の文字と結びつけるのは牽強付会に過ぎます。もし関係があるなら、旧約聖書に登場するはずでしょう。

このように冷静に考えれば反論にもなっていないのです。モルモン擁護論の全ては客観的立場からは相手にされないものです。それでも愚にも付かない擁護をするのは信者に納得してもらうため、信者が躓かないようにする、そのためだけなのです。

そもそも古代ユダヤ社会では子供に名前をつける際、「偉大な先祖や預言者の名前をそのまま受け継ぐ」という強い文化的伝統がありました。そのため「マリア」や「ヨセフ」「ユダ」「シモン」などが溢れるばかりで読み手を混乱させます。識別するために「マグダラのマリア」「イエスの母マリア」のように地名や血縁で補っていたのです。モルモン書が真実な書物だと言うのなら、ユダヤ民族の慣習としてこうした混乱する人名の繰り返しが行われていないといけないでしょう。

ジョセフ・スミスは親切だったのでしょうね。

ユダヤにもネイティブアメリカンにもない奇妙な人名を量産して、読者が混乱しないようにしてくれたのです。

しかし、そう素晴らしい人名を思いつくはずもありません。「-ah」や「-i」で終わる聖書風の響き、すなわち聖書に出てくる名前の法則(「イザヤ(Isaiah)」「ネヘミヤ(Nehemiah)」など)を真似て、語尾だけをそれっぽく加工した名前(「ニーファイ(Nephi)」「モロナイ(Moroni)」「ラモーナイ(Lamoni)」)を量産しました。これらは「聖書っぽさ」と「斬新さ」を両立させようとした結果なのです。ところが、これが聖書を読んでいた人には特別の違和感で、モルモン書がインチキ本であることを証明してしまうと言う墓穴だったのです。

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