金版奇譚
ジョセフ・スミス、金版を預かる

モロナイの来訪で金版の存在と隠し場所を確認したジョセフ・スミスですが、彼自身の「準備不足」という理由で受け取りを許されませんでした。それから3年を経た1827年9月22日、ジョセフ・スミスにそのときが訪れます。その状況を公式歴史書『Saints』や『ジョセフ・スミス—歴史』などから見ていきましょう。この3年間の真相については、本サイトの「詐欺師の帰郷と飛躍」にて述べていますのでご参照ください。なお、途中の枠囲み欄は矛盾点や違和感のあるポイントの検証です。

運命の9月22日

1827年9月21日の夜から22日へと変わる深夜、ジョセフは家族にも行き先を伏せたまま出発の準備を整えました。当時スミス家に滞在していた友人ジョサイア・ストーウェル(またはジョセフ・ナイト)が乗ってきた一頭立ての二輪馬車(ワンホース・バギー)を借用し、この年に結婚したばかりの新妻エマ・ヘイルを連れて、暗闇に紛れて自宅から約5km離れたクモラの丘へと向かいました。
丘の麓に到着すると、ジョセフはエマを馬車に残し(エマは馬車の中で祈りながら待っていたと伝えられています)、ひとり金版が埋められている丘の中腹へと登っていきました。そこでモロナイに会い、地面から端が少し飛び出している大きな丸い石をテコを使って持ち上げ、中に作られた切り石の箱を開けました。そこには金版、ウリムとトンミム、そして胸当てが入っており、ついにジョセフはそれらを手に入れました。
モロナイは金版を渡す際、ジョセフに次のように強く警告しました。「今やこれはあなたの管理下に委ねられた。軽率に扱ったり、注意を怠ったりしてこれを失うことがあれば、あなたは断たれる(滅ぼされる)であろう。しかし、私が取りに来るまで全力を尽くして保護するならば、これは安全に保たれるであろう」と。

ジョセフは持参した作業服(あるいは黒いコート)で金版を厳重に包みました。そして、丘から少し離れた森の中にある「中が空洞になった腐ったチェス栗(チェスナット)の倒木」の中に金版を隠し、落ち葉で覆いました。その理由は、金版を狙う昔の宝探し仲間(サミュエル・ローレンスら)が張り込んでいる気配があったためでした。また、持ち帰った後に厳重に保管できる「鍵付きの箱」が用意できていなかったためのやむを得ない措置とされています。ジョセフは金版を倒木に置いたまま手ぶらで馬車へ戻り、待っていた妻エマとともに、何事もなかったかのように明け方の自宅へと帰宅したのでした。

いよいよ金版を入手する(回収劇)

それから数日から数週間の後(なぜか正確な日付は不明です)、ジョセフはたった一人で「徒歩」で向かい、「保管箱」も「護身具」も持たずに金版を取り出しに行きます。倒木の洞から作業着に覆われた金版などを取り出すと、ジョセフはそれを「小脇に抱えて(under his arm)」、自宅へと5kmの道のりを歩き(あるいは走り)出しました。
すると、金版を奪おうと銃を持った男が現れます。銃床(銃のグリップ部分)で殴りかかってくるのを片手で打ち払って先に進みます。しばらくするとまた別の襲撃者が現れますが、これも撃退。自宅に近づいたところで3人目が現れます。この人物と格闘中にジョセフはとうとう親指を脱臼するという怪我を負いますが、これもなんとか撃退しました。
自宅近くまでたどり着いたジョセフは、またしても自宅近くの倒木の洞に金版一式を隠してから帰宅し、家族から手当を受けました。(この時も金版は直接自宅へ持ち帰っていません)。

親指の脱臼などの状況は、家族(母親のルーシー・マック・スミスなど)がその様子や出来事を手記に残しているため事実でしょう。これをもって教団側は「実在する金版を奪おうとする反対者たちの襲撃から、神の助けと本人の必死の抵抗によって保護した出来事」であり、金版の真正性を証するものとしています。

存在できない重量の金版
金版は一体どれくらい重かったのか?

金版の実体

矛盾だらけの回収経緯から離れて、モロナイによってジョセフ・スミスに伝えられたとされる金版とは、一体どういうものだったのでしょうか。
滅び行くニーファイ人を目の当たりにした預言者モルモンは、祖先の「ニーファイの金版」とは別に要約用の新しい金版を作り、そこに歴史の要旨を書き綴り、それがジョセフに託されたとされています。(ニーファイの版をそのまま伝えればよかったはずですが、それにはいろいろ大人の事情があったようです)。

金版のサイズと枚数

金版のサイズは、ジョセフ・スミス自身の記述(1842年の「ウェントワースの手紙」等)や初期の目撃者たちの証言により、かなり明確になっています。

金版の構造とサイズ
金版の構造イメージ

1枚の厚さは約0.2mm〜0.3mm程度と考えられます。具体的な計算と物理的条件は以下の通りです。

【隙間なしの単純計算】
・50mm(5cm) ÷ 0.2mm = 約250枚
・50mm(5cm) ÷ 0.3mm = 約166枚

しかし、これでは隙間がなく密着しすぎてめくることができません。手作業で叩いて伸ばした版やリング綴じの金属板には、歪みによる「隙間(30%〜50%)」が必ず生じます。それを考慮した現実的な計算は以下の通りです。

【隙間(30〜50%)を考慮した計算】
・1枚の実質的な厚み+隙間 = 約0.4mm〜0.5mm相当
・50mm ÷ 0.4〜0.5mm = 約100枚〜125枚

したがって、翻訳可能だった部分は最大でも100〜150枚程度(せいぜいオマケしても200枚前後)しか存在しません。

また、目撃者や現代の擁護派は両面に文字が「刻んであった」と述べますが、0.2〜0.3mmの薄さの金属板に裏表両面刻印をすれば貫通するか裏面が押し潰されるため物理的に不可能です。結論として、この枚数と表面積に英語原文で約120万文字(単語数約27万語)におよぶ『モルモン書』を刻み込むことは幾何学的に絶対不可能です。

金版の重量計算

さて、最後にして最大の問題は金版の「重量」です。金版の重量は目撃者の証言などから「約40〜50ポンド(約18kg〜23kg)」とされています。
しかし、実際の寸法(15cm × 20cm × 15cm = 体積3,600立法cm)から科学的に重量を計算してみましょう。

① 純金(24金で密度19.32)で作られた場合
・完全な金塊(隙間なし)だと、 69,552g(約70kg)
・バインダー状(隙間50%)だと、34,776g(約35kg)
純金であれば、どんなにスカスカに束ねても35kg〜70kgになります。約70kgといえば成人男性1人分。論外の重さです。

② 合金(銅や銀など)で作られた場合
擁護派は「純金ではなく銅との合金だ」と主張します。銅の密度は8.96です。仮に銅主体の合金(密度9〜10程度)で計算してみます。
・隙間なしの塊だと、32,400g〜36,000g(約32kg〜36kg)となります。
約32kg〜36kgといえば、日本人なら小学4〜5年生の平均体重に相当します。

ジョセフ・スミスはこの重さの金属塊を片手で抱えて約5kmを走り、途中3人の武器を持った暴漢をなぎ倒したと言うのです。小学4〜5年生の子供を小脇に抱えたままアクション映画のような立ち回りを演じるなど、人間生理学的に不可能であることは一目瞭然です。というか、持ったまま長距離を全力疾走すること自体が不可能です。

持ち運びの問題を置くとしても、金や軟質金属には自重による変形の懸念があります。その重量によって、下の方の版(特に封印された最下部)は文字が潰れて読めなくなるほど変形してしまうはずです。

金版を持って逃げるジョセフ・スミス
金版を持って逃走するジョセフ・スミスのイメージ

奇跡の超合金「トゥンバガ(Tumbaga)」説の崩壊

理論的に考えれば存在が物理的に不可能な金版ですが、擁護派を救済するための苦しい仮説として提案されたのが「トゥンバガ(Tumbaga)」です。これは金(Gold)・銅(Copper)・銀(Silver)を混ぜ合わせた古代中南米の伝統的な金銅合金であり、モルモン教の擁護派(BYUの研究者ら)はこれに飛びつきました。
トゥンバガの銅の割合を極限まで増やす(例えば「金8%:銅92%」など)ことで、重さを目撃証言の「約18〜27kg」の範囲に収められるという理屈です。要するに「金のリストラ」です。擁護派は「金版」の実体は「トゥンバガ版」だったと言い出したわけです。

しかし、たった8%しか金が含まれていない物体を「金版」と称するのはいかがなものでしょうか。見た目も価値もそれはただの「銅板」です(※ちなみに万年筆の高級ペン先である18Kは金75%、14Kでも金約58.3%含まれています)。仮に8%のトゥンバガ版だとしても、約20kg(灯油缶満タン1個分)の重量があり、それを小脇に抱えて格闘・疾走するのは依然として不可能です。

さらに致命的なのは「時代考証」です。『モルモン書』の舞台とされるメソアメリカにおいて、トゥンバガを含む金属器や合金技術が普及した時期は、考古学的発掘データから紀元後800〜900年以降(後古典期)であることが明確になっています。モルモンが版を要約し、モロナイが埋めたとされるのは紀元後400年頃です。ここには約400年もの歴史的ギャップ(時代錯誤)が存在します。
擁護派の苦しい思惑は見事に打ち砕かれました。もはや、物理的にも歴史的にも「本物の金版は存在しなかった」と考えるのが最も合理的です。

擁護派の論理の立て方(仮説の空中楼閣)

擁護派はこの金版問題に見られるように、「こう考えれば説明がつく」という都合の良いアイデアや推測(仮説)を提示しただけで、それを「証明された事実」であるかのように主張します。これは科学的探求ではなく、単なる宗教的信念に基づく強弁です。
仮説を立てて検証すること自体は正攻法ですが、「仮説=即根拠(事実)」とすり替える論理は、科学とはほど遠いオカルトの領域です。物理法則、運動生理学、そして考古学的史実のすべてが、金版伝説の破綻を証明しています。

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