モルモン書のイザヤ書引用:金版に刻まれた「存在し得ない予言」

モルモン書には、旧約聖書の「イザヤ書」が大量に転記されています。しかし、近年の聖書批評学(高等批評)および言語学的・歴史的な研究成果を突き合わせると、紀元前600年にエルサレムを出発したとされるリーハイ一族が、これらのテキストを持ち得たはずがないという決定的な「時代錯誤」が明らかになります。本頁では、代表的な4つの論点とモルモンを超えてキリスト教的な解釈の歪みについて検証します。

① 異常な量の引用:スペースを惜しんだ記述者たちの矛盾

モルモン書の歴代の記述者たち(ニーファイ、モルモン、モロナイなど)は、記録を刻んでいる「金版」のスペースが極めて貴重であり、文字を刻む苦労や余白のなさを繰り返し嘆いています。しかしその一方で、モルモン書全体でイザヤ書の約20章分以上(全430節以上)がそのまま書き写されています。これはおかしな事だと長らく指摘されてきました。

【擁護派の主張】
「イザヤの言葉は非常に重要であり、民の信仰を養うためにニーファイたちは真鍮の版(エルサレムから持参した聖書記録)を開いて、あえて労力をかけて引用したのだ」

【検証すれば】
真鍮の版という原典が手元にあり、民がそれをいつでも参照できる(あるいは指導者が読める)状態にあるならば、わざわざスペースが極めて限定されている金版に、何章にもわたって丸ごと一字一句を転記する必要はありません。文字を刻むスペースを惜しみながらも、すでに別版に存在する長大なテキストを書き写すという行為は、無駄そのものです。事実は逆でモルモン書のアイデアに詰まったジョセフ・スミスが水増しのために、19世紀の最もスタンダードな聖書(欽定訳)を転記したに過ぎません。

② 第二・第三イザヤ問題:リーハイの時代に存在しないテキスト

リーハイ一族がエルサレムを出発したのは「紀元前600年頃」とされています。しかし、モルモン書にはイザヤ書40章以降(第2ニーファイ7-8章、12-24章、アビナダイの説教など)が大量に引用されています。

区分 該当章 聖書学による成立時期 モルモン書での引用
第一イザヤ 1〜39章 紀元前8世紀(バビロン捕囚前) 引用あり(リーハイの時代書かれていたが真鍮版に記載できた可能性は低い)
第二イザヤ 40〜55章 紀元前6世紀後半(バビロン捕囚期以降) 大量に引用あり(真鍮版に存在し得ない)
第三イザヤ 56〜66章 紀元前5世紀(捕囚からの帰還以降) 引用あり(真鍮版に存在し得ない)
【擁護派の主張】
「近年の編集論ではイザヤ書は一つの書物として統一感があるとも言われている。また、預言者イザヤが神の啓示によって未来(バビロン捕囚やそれ以降の状況)を神によって示され預言として書いていたため、真鍮の版に載っていてもおかしくない」

【検証すれば】
近年の聖書学(編集論)が示すのは「バラバラの3つの書物だった」という意味ではなく、「捕囚期(第二イザヤ)や帰還後(第三イザヤ)の編集者が、過去の伝統を踏まえて何世代にもわたり精緻に付け足し、謂わばアップデートして一冊の書物として編み上げた」というダイナミックな進化的編集です。つまり、40章以降のテキストは、バビロン捕囚という歴史的事件(エルサレム崩壊と絶望、そこで解放への希望)を通過した人間集団の中で初めて生み出された言葉です。紀元前600年のリーハイの時点で、まだ起きていない捕囚期の文脈や、帰還後の社会問題を背景としたテキストが「真鍮の版」に完成された形で存在するわけがありません。

③ 欽定訳聖書(KJV)の「誤訳」まで完全コピー

モルモン書の中のイザヤ書は、1611年に出版された英語の「欽定訳聖書(キング・ジェームズ・バージョン:KJV)」と、驚くほど一字一句が一致しています。単に一致しているだけでなく、17〜19世紀当時のKJVに含まれていた「誤訳」や、翻訳者が補足のために付け足したイタリック体の言葉、独自の区切り方までが、そのままモルモン書に写し取られています。

【擁護派の主張】
「ジョセフ・スミスが金版を翻訳する際、神はジョセフが最も親しんでいた当時の英語表現(KJV)を使って分かりやすく読者に提示されたのだ。だから表現が似るのは当然である」

【検証すれば】
百歩譲って「文体を似せた」のだとしても、元々の古代ヘブライ語の真鍮版に存在するはずのない、17世紀の英国の翻訳者が犯した「誤訳や解釈の歪み」までが神の啓示によって再現されるというのは筋が通りません。神はジョセフ・スミスに対して「あなたが慣れ親しんだ欽定訳の誤訳ごとそのまま写しなさい」と命じたのでしょうか?そんなことはあり得ません。事実は、ジョセフ・スミスが筆記の過程で、欽定訳聖書を丸写ししたに過ぎないのです。

パクってる!

パクりが過ぎます

④ 古代アメリカに登場する「ギリシャ語」、「キリスト」の明記

モルモン書の中でイザヤ書を引用・解説する際、紀元前の古代アメリカ大陸の預言者であるはずの記述者が、ヘブライ語のイザヤや当時のユダヤ人が絶対に知るはずのない、後世の「ギリシャ語」の単語や概念を用いています。

【決定的な時代錯誤の例】
  • 「キリスト(Christ)」の連発:イザヤ書の直後(第2ニーファイ10章3節など)で、ニーファイの弟ヤコブは第2ニーファイ10章3節で主の使いから「その名はキリスト(ギリシャ語のChristos由来)になると御使いに告げられた」として、この言葉を連発します。しかし、ヘブライ語の「メシア」を使えばヤコブにもすぐ理解できたでしょうが、突然と飛びだした未来の言葉「キリスト」とはさっぱり意味がわからなかったでしょう。同様に回りのニーファイの民も何のことやらだったでしょう。
  • 「イエス・キリスト」という固有名詞:ニーファイはイザヤ書29章を引用して解説する文脈(第2ニーファイ25章19節)で、「メシアの名はイエス・キリストである」と、ギリシャ語経由の英語表記そのままの固有名詞を明記しています。これはもう三文SFマンガの世界です。
【擁護派の主張】
「神は全知全能であり、将来現れるメシアの正確なギリシャ語の称号(キリスト)をあらかじめ御使いや啓示を通じてニーファイたちに教えることは容易である。また、ジョセフ・スミスが翻訳する際に、19世紀の読者に分かりやすくするために『メシア』を『キリスト』と翻訳したのだ」

【検証すれば】
もし「ジョセフが分かりやすく意訳しただけ」であるならば、モルモン書の中でわざわざ「御使いからその名前(キリスト)を教えられた」というエピソードと矛盾します。
当時のニーファイ人たちにとっても、何の説明もなく謎の言語の固有名詞を出されては混乱の極みだったでしょう。これが記録されている本当の理由は、紀元前の「予言者」が啓示を受けたからではなく、新約聖書(ギリシャ語原典)の知識しかなく、「イエス・キリスト」という名前が当たり前になっていた19世紀のジョセフ・スミスが、その浅薄な知識のままモルモン書を執筆したからに他なりません。

⑤ イザヤ書を「イエス降誕の事前証明書」とする歪み

これはモルモン書のみならず、後世のキリスト教全般(特に福音書の記者たちや19世紀のファンダメンタリズム)にも言えることですが、イザヤ書に書かれた言葉(例:7章の『処女(若い娘)がみごもる』や53章の『苦難の僕』など)を、すべて「未来に生まれるイエス・キリストという特定のメシア(救い主)が十字架にかかることを予言した」としてのみ解釈する姿勢には、私は強く反発します。

本来、イザヤの言葉は彼が生きた同時代の歴史的・政治的文脈(アッシリアの脅威や、バビロン捕囚という民族の危機)における神からのメッセージであり、大変現実的で深遠なものです。ユダヤの豊かな思想と文学であり、それ自体を鑑賞すべきです。福音書が、当時のユダヤ社会でイエスをメシアとして格付けし、権威付けるために旧約聖書(予言)を引用・援用する必要があったという事情は理解できます。しかし、それを「予言的中」としてのみ解釈することは、イザヤ書の本質を大きく損なうと思うのです。そして、予言がなくてもあってもイエスはキリストであることには変わりはないのではないでしょうか。

ジョセフ・スミスの視界にはいつも自身が育った19世紀初頭の激しいキリスト教リバイバリズム(大覚醒運動)がありました。それを眺めるようにしか、古代アメリカの物語を想像することはできませんでした。元より物語のネタも多くはなく、作り上げた予言者たち(ニーファイやアビナダイ)にイザヤを語らせてページを稼ごうとしました。しかし、誤訳や解説文の混入という失敗を犯してしまい。自らの無知でギリシャ語。英語を使ってしまうという大失敗をしてしまいました。とどめは聖書の高等批評で第二・第三イザヤがリーハイ時代以降に記されたことが明らかにされてしまったのでした。

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